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写真家・岡田紅陽(1895〜1972)の作品と資料400点を収集。同氏は1916年、忍野村で富士山を撮影、その雄大な「忍野富士」に魅せられ生涯を富士山の撮影に捧げた。40万枚にもおよぶ富士山の写真は「日本人の心の原風景」として世界の多くの人々に感動を与えている。 建物は小池邦夫絵手紙美術館と併設で、入り口から正面が岡田紅陽写真美術館。「霜枯」(1930年)、「雪の水車」(1943年)など、昭和初期の富士山と茅葺き屋根や水車小屋などが建ち並ぶ忍野村の風景写真を中心に展示。全紙サイズの大きなモノクロ写真が並ぶ。 さらに岡田氏が使用したカメラ9台、写真集、著書、横山大観ら日本画家や小説家らとの親交を示す手紙なども展示している。異色の写真集では、1923年の関東大震災の際、東京都の委嘱で被害状況を撮影した写真をまとめた「関東大震災誌」がある。 また、「国立公園」のコーナーでは、1949年、厚生省国立公園中央審議員に委嘱され全国の国立公園候補地を撮影した作品を展示。これら国立公園と富士山の写真23点は1950年に郵便切手の図柄に採用された。 年に1、2回、展示替えを行い、ワークショップとして暗室体験などが開催される。 ![]() |
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岡田紅陽写真美術館とホールをはさんで向かい側は、絵手紙の創始者といわれる小池邦夫氏の作品を展示する小池邦夫絵手紙美術館。1枚のハガキの中に詩、書、画、三位一体の表現世界を作り出し、1978年に雑誌「季刊・銀花」に6万枚の肉筆絵手紙を折り込むという形で作品を発表。以来、NHKをはじめとし様々なメディアで絵手紙を紹介、普段着のアートとして定着し、現在愛好者は5万人ともいわれている。 同館で展示している小池氏の作品は、大小を問わず全て絵手紙として郵送されたもので、受取人から収集。資料と合わせ1500点を所蔵し、700点を展示し、年1、2回展示替えを行っている。 また、同氏の作品のモチーフとなっているコレクションも展示。中国の丸瓦の先端「瓦當」をスケッチしていくファンもいる。絵手紙体験学習室には画材が用意され、実際に絵手紙に挑戦することができる。 岡田紅陽美術館との間の企画展示ホールでは、全国公募で集まった5000枚の作品を並べた「花の絵手紙展」や写真家の写真展などの企画展示を年に4〜5回開く。館の2階には写真や絵手紙、また自然環境に関する書籍を閲覧することができる情報資料室、各種教室や講座を行う講座室もある。 |
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![]() 外観 岡田紅陽写真美術館 ![]() ![]() 小池邦夫絵手紙美術館 ![]() ![]() ![]() |