3月25日付
地方自治体再生

今こそ 「シャウプの基本」 に立ち返れ

国と地方がそれぞれの役割果たす
エントロピー増大に身を任せた行政


 どんなに掃除の行き届いた部屋でも時間の経過と共に室内には埃(ほこり)がたまる。これは、この部屋の至る所にちりが着地できる 「可能性」 が存在しているためである。だから何もしなくても、時間と共にうす汚くよごれてくる。部屋をきれいに保とうというのであれば掃除をするにしくは無い。
 秩序を与えておいた整序な世界が、時間の経過と共に無秩序状態へと変化して行く自然現象を 「エントロピー増大の法則」 という。エントロピーとは無秩序性の度合いのことである。
 1949 (昭和24) 年9月15日、その後のわが国税制の屋台骨となったシャウプ勧告が出された。そこに書かれたシステムは、「シャウプの芸術」 と言われるほどに整序な美しい構造をなしていた。しかし、連合軍による戦後統治が終わり、日本人の手によってこれが稼動し始めるや、またたく間に汚染が始まり、今やその骨格は原形をとどめない程に変形し、歪曲(わいきょく)している。分けても、今、世上を賑わしている 「三位一体」 と称される地方行財政改革問題の淵源(えんげん)はここシャウプ勧告にあったのであり、これのエントロピー増大こそが、地方自治と地方財政を悪化させている主因であると思われる。
 シャウプ勧告では、まず地方自治を確立すること、そのために地方財政の強化を図らなくてはならないことが第一に強調された。しかし、日本全国、津々浦々それぞれに地域特性があって、必ずしも豊かな地域ばかりではない。財源が乏しく、自身では自治の成立しない地域もあった。そこで勧告では、全ての地域に等しくナショナル・ミニマム (国家による最低基準) を定義し、これを実現することを要請した。そのための核心の装置が 「地方財政平衡交付金制度」 であった。
 この算定のアルゴリズム (計算手順) はこうだ。まず、都道府県、市区町村それぞれの地方自治組織を運営するために必須な需要を定義する。これを 「基準財政需要額」 といって算出方法が詳細に定義された。他方、地方自治体には地方税と呼ばれる収入税源が定義された。その主要なものとして住民税や固定資産税、たばこ税や自転車鑑札税などが充てられた。これら地方税源に全国一律の標準税率をかけて算出した金額を 「基準財政収入額」 と言った。
 基準財政収入額に、市町村なら0.75を、県などでは0.8を乗じた数値と先の基準財政需要額との差を計算し、これが負になるようであれば、国庫から補填(ほてん)する。反対に正になるような自治体にはその必要は無く、こういう市町村を不交付団体と言う。これが平衡交付金制度で、これだと税源の乏しい地域でも自治体としての体制を必要最低限維持できる。
 しかし現在では、上述の補填額に財源制限が加えられ、その名も地方交付税制度と呼び、シャウプの精神とは似て非なるものに変質している。
 シャウプ勧告には、もう一つ重要な項目が追加されていた。「補助金」 である。あの未曽有の敗戦後のことだったから社会資本のほとんどが瓦礫(がれき)と化していた。その復興は平衡交付金だけでは不可能だ。特に、国家的な規模の社会資本、すなわち国道や港湾、空港、河川、耕地、病院や学校などについては自治体だけに任せておいたのではらちが明かない。
 そこで、地方自治体が必要と思い、国もそう考えるというような事項については 「補助金制度」 を設けた。ただしこれは戦後復興が成るまでの一時的な便法だとしたのである。
 しかし、この便法が肥大に肥大を重ね、ついに一冊のハンドブックが市販される程までに成長した。その結果、「シャウプの芸術」 とまで賞賛された平衡交付金制度は形骸化(けいがいか)を重ね、地方自治体は霞が関官僚が編み出す補助金を求めて右顧左眄(うこさべん)し、これを仲介することを使命と心得る族議員が永田町を占拠することとなった。かくて、地方自治体は官僚と国会議員に隷属する下位システムに成り下がってしまったのである。
 いま、山梨県の県債残高は約8,000億円。財政力指数は0.44、公債費負担比率は21% (いずれも2003年度末)。もはや借金も出来ない超低空飛行だ。
 こうなったのは、エントロピー増大の法則に身を任せ、縦割りの利権に狂奔したがためだ。合併が行財政改革の特効薬ではない。シャウプ勧告の基礎・基本に立ち返り、国と地方がそれぞれに分節した役割を果たすこと、それが地方自治を蘇生(そせい)させる本道なのだが。



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