4月15日付
真の富国

どんな都市で生きるのか

人間性重視したソウル市民の選択
おろそかにされた「美しい国土」


  「冬のソナタ」 のヒットではじまった日韓友好ムードは竹島の領有権問題、歴史認識問題などでやや翳(かげ)りを見せ始めているが、世界はソウル市の中心街である東大門に流れる清渓川 (チョンゲチョン) の復元事業に注目している。
 清渓川はソウル市とともに600年の歴史を刻んできた都市河川である。経済が発展し、都市化が進むにつれて川は次第に汚染され、交通渋滞も深刻化していった。そして、今から50年ほど前、この腐臭を放つ川は暗渠(あんきょ)となり、その上に道路が造られた。さらにその上には高速道路が建設され、今では1日の交通量が17万台という幹線道路である。
 3年前、ソウル市はこの高速道路を取り壊し、暗渠も撤去して元通りの自然型河川に戻すという都市再開発事業に着手した。工事は急ピッチで進められ、今年の11月には完成の予定である。東京の日本橋のようなところにある高速道路を撤去して、あえて不便な空間に戻そうという近代文明はじまって以来、世界でも類例のない大事業である。総工費は3,600億ウオン (およそ400億円) である。
 確かに、21世紀は環境の世紀であり、水の世紀である。京都議定書が発効されるなど環境問題への関心は世界的に高まっている。しかし、これまでの開発や効率優先、自動車優先の価値観を、環境や歴史・文化、人間性重視へ180度転換することを決断したソウル市民には驚嘆せざるを得ない。
 だが、世界を見回してみると似たような事例があちこちで起こっている。例えば、オランダのアムステルダムでは、運河を埋め立てて造った駐車場や道路を元通りの運河に戻しはじめている。アメリカのダラスでは、交通の不便を承知の上で運河を残し、通勤や通学に利用しようとしている。
 千葉県我孫子市では古利根沼の自然環境を保全するため 「沼環境保全債」 を国債利率以下という低率で発行したにもかかわらず、応募者が殺到し市当局は驚いている。また、東京では、日本橋の上に架かる首都高速道路を撤去して再開発しようとする壮大な計画が検討されている。
 この計画は、東大の森地茂教授を委員長とする日本橋都市再生検討委員会が、江戸開府400年、日本橋創架400年の記念事業として 「三井本館の再開発」 「三越の建て替え」 「首都高速道路の移設」 「日本橋川の再生」 などを検討しているもので、このまちづくりに対するアイデアコンペにはなんと1,000件を超える企画案が出されているということである。
 そもそも日本橋は、1603年、徳川家康が架橋し5街道の基点として定めた橋で、道路元標が設置されている日本の道路の起点である。ちなみに、「すべての道はローマに通ず」 と言われているイタリアの道路元標はアウグスタス・ローマ皇帝によりローマのフォロ・ロマーノ内に設置されている。また、アメリカの道路元標はワシントンのホワイトハウス内にある。
 1963年、この国指定の重要文化財の頭上に、オリンピック道路として首都高速道路が建設された。当時は、羽田から代々木のオリンピック会場まで2時間もかかるという大交通渋滞であり、用地買収の必要のない河川上に驚異的な道路建設が進められたのである。今にして思えばいかに機能性重視とはいえ、異常といわざるを得ないだろう。
 さて、明治以来、日本は富国強兵を国是とし、経済性・効率性・機能性を重視し発展してきた。確かに経済的には豊かになったかも知れない。しかしその反面、美しい国土づくりがおろそかにされてきたことも否めない。2003年7月、「美しい国づくり政策大綱」 が発表され、景観緑3法が公布されるなど、ようやく美しい風格のある国土づくりに目が向けられるようになってきた。
 地球環境に限界が見えてきた今、人々は新しい世紀の都市像をどのように描き始めているのだろうか。堺屋太一氏の言う 「知価社会」 になれば優秀な人材は機能や効率だけを重視する 「生産地や営業地」 は避けるようになるだろう。「文化、芸術、歴史が息づいている都市、環境に優しい都市、人間らしい生活が営める都市」 に集住することになろう。
 ソウルで始まった清渓川再開発は、ソウル市を人間中心の都市空間に生まれ変わらせようとする象徴的な試みである。真の 「富国」 とは 「もっと便利な生活、もっと機能的な生活」 を求めようとする際限のない欲望の行き着くところではない。



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