6月24日付
借景の経済学

個人消費生み出す景観

地価下落でも 「投資」 起きない県都
「桜座」 復活に都市変容の期待


 景気に明るさが見えてきたものの、山梨県内の産業界は依然として曇りがちである。その要因のひとつは地価の下落ではないだろうか。
 先日も甲府駅から15分ほどの平和通りに面したまとまった2000坪という土地が、ある宗教法人に売り渡され大きな話題となった。ホテルも流通産業も、情報産業にしてもこの甲府の一等地に魅力を感じない、投資しても採算が見込めないという証左である。
 国土交通省が発表した今年1月1日現在の公示地価を見ると、県内の住宅地、商業地、工業用地など全用途の平均価格は前年比9.5%下落し、13年連続で下落している。しかもここ2年間は全国一の下落率である。
 バブル経済が崩壊してバランスシート不況が浸透する中で、企業の経営目標は投資ではなく、借金返済に向けられてきたことは確かである。また、社会が成熟する中で少子高齢化が進み、人口減少社会が現実化してくるなど先行きに悲観的材料が多いことも、投資マインドを冷やしている要因である。だが、これだけ地価が下落しているにもかかわらず、投資が起きない理由は一体何だろうか。
 一般的には 1.市場規模が小さく需要が見込めない 2.工業化が進んできたとはいえたかだか20年程度であり、関連産業集積の底が浅い 3.技術者など人材確保にも限界がある 4.交通アクセスが悪い、などあげればきりがない。個人消費が景況感を左右する大きな要素であり、市場規模が小さいことはハンディであるが、しかし甲府より人口の少ない隣の松本市が意外にがんばっているところを見ると、必ずしも規模の問題だけではなく、生活者のニーズに十分こたえていないということではないか。
 例えば、景観の問題である。
 景観とは、Landscape、つまり土地・自然にとどまらず地形・植生・歴史・生活などすべてを包含する概念である。
 例えば、京料理の味は、単に伝統や板前の腕だけのものではない。東山の眺めや賀茂川の流れ、清水の舞台や森、哲学の道、千本格子の町並みなどが醸し出す総合としての味であり、借景を見事に取り込んで大きな付加価値を生み出している。
 私はこれを勝手に 「借景の経済学」 といっているのだが、地域の文化力ともいえる景観が醸し出す雰囲気こそ、成熟社会の消費をリードする力ではないだろうか。
 現在、県や甲府市では甲府城を整備し、櫓 (やぐら) を復元し、歴史公園に着手するなど小江戸甲府を取り戻そうとしている。しかし、城の周辺に立ち上がるビルやマンション計画を見ると、官民のまちづくりの足並みがそろっているとは到底思えない。どぎつい看板、シャッターの下ろされた商店街、城から見えるビルの屋上の汚さ、果たしてここに心を沸き立たせるような消費が期待できるだろうか。立派な音楽ホールや美術館があっても、一歩外に出ればたちまち雑然とした町並みと喧騒の現実に引き戻されてしまう。これでは豊かな消費を期待しても無理である。
 一方、明るい動きも出てきた。「桜座」 の復活である。
  「桜座」 は明治の初め甲府の中心に開設され、大正から昭和にかけて庶民の娯楽の中心として親しまれたところである。明治30年には活動写真 (映画) がここで初めて上映されている。また、大正12年には川上貞奴がなんと 「トスカ」 を公演しているのである。当時 「桜座」 の周りには買い物や飲食を愉 (たの) しむ舞台が広がっていたに違いない。
 現代版 「桜座」 は、NPO法人 「街づくり文化フォーラム」 の丹沢良治さんを中心に企画が進められ6月25日オープンする。
 山田洋二監督の映画 「たそがれ清兵衛」 に出演した世界的な前衛舞踏家田中泯さんや、「象設計集団」 の樋口裕康さんらが手弁当で協力し、彼らのネットワークで超一流の舞踏家、歌手、朗読家、噺家 (はなしか) などの出演が予定されている。
  「桜座」 の復活が起爆剤となって、甲府のまちに深く静かな変容が立ち現れるであろうことを密 (ひそ) かに期待してやまない。



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