9月23日付
瀬戸際・日本

踊るメディア、操作された国民

小泉劇場“生中継”したマスコミ
次のターゲットは憲法改正へ


 本欄で伊藤洋先生が 「おもしろうてやがてかなしき」 と今次選挙の行方を予言した通り、悲しむべき結果になった。
 大学時代の講義でクセジュ文庫の 「政治宣伝」 (ドムナック著) という本を読んだ事を思い出す。1950年に書かれたこの本は、ナチスが巧妙な政治的宣伝作戦で権力を掌握し、世界制覇を試みた過程を細かに分析している。
 ナチスの宣伝相ゲッベルスは、電波 (ラジオ)、映像 (映画) が政治的プロパガンダに有効なことに世界で最初に気付いた宣伝の天才だった。ドムナックによると、ゲッベルスの作戦は争点を単純化し、しかも熱狂と憎悪という感情レベルの選択にして、これを繰り返し、ビラ、演説、放送で垂れ流し続けることだった。
 小泉純一郎総理と、これを支える仕掛け人もこれと同じ周到な作戦で、小泉氏自身も驚くような圧勝をしたのではないか。私は前回の 「直言」 で 「小泉政治の幕が降りたようだ」 と書いたが、もしこの仮定が事実ならばすっかり騙 (だま) されていたことになる。
 投票日前に甲府で開催された 「憲法9条講演会」 の講師小森陽一さんは、小泉勢力がメディア戦略専門家の作った筋書きで6、7月頃から今回の仕掛けを用意していたと解説した。衆院で郵政法案が5票差で可決されたとき、小泉氏は例のあいまいなウスラ笑いを浮かべていたが、今思えば 「否決=解散」 という読みが狂った戸惑いだったのかも知れない。以下、あくまでも私の仮説を前提に分析を試みてみる。
 解散後の彼らの戦略は、マスメディアの最大限利用。反対派への刺客送り込み、「くノ一」、ホリエモン、反対派のイメージつぶし、争点選挙区でのドタバタ劇、小泉氏の単純なメッセージの繰り返しと、マスコミは仕掛け通りに踊った。
 毎日報じられる小泉氏の選挙演説では、「郵政改革はすべての改革に通じる」 (真偽のほどは不明)、「郵政民営化が実現すると公務員が26万人削減できる」 (郵政事業は独立採算だから減っても税金の節減には無関係) だけがニュースの冒頭で流される。いつのまにか小泉勢力は改革の正義派、これに異を唱える自民党内反対派や野党は悪役と色分けされてしまった。国民は日頃の鬱屈 (うっくつ) のはけ口を単純明快な話法に求めたのだろう。新聞の投稿欄に 「小泉さんの郵政改革の話は分りやすい」 という74歳主婦の投書が掲載されていたが、これが民衆操作の成果だ。
 郵政改革の本音は郵貯・簡保の340兆円を民間に流すこと、しかもこれはアメリカの要求が主である。世界の諸国が不安で買わないアメリカの赤字国債購入にこれが使われたら、国民の生活設計は…というように、決して分りやすい話ではない。
 これほど国民が容易に操作できるとは恐ろしいかぎりだ。しかし、この責任の大半は批判的視点を欠いて小泉劇場を生中継し続けたマスコミにある。
 考えて見れば、NHKは与党政治家の圧力に弱い一面もあると伝えられるし、民放や大新聞も、スタンスが多少、右だ左だといっても、結局はスポンサー企業には弱いとの指摘は少なくない。骨のある記事を書いても、上で潰 (つぶ) されればそれきりだ。たしかに、選挙中の新聞にも地道な検証記事はあったが、多くの人はそれをじっくり読むほどの忍耐力をもっていない。
 大衆に影響力の強いテレビが娯楽番組に特化し、報道番組でさえ娯楽性と視聴率に支配される中では、マスコミに気骨を求めること自体が間違いなのかも知れない。
 しかも、いまの世の中は不気味だ。宅配ピザのチラシはいいけど、政治色のあるビラをマンションのポストに入れると住居侵入罪で逮捕される。学校行事で君が代斉唱に起立しないと処分される。戦前戦中の治安維持法時代が来たのではと錯覚するほどだ。
 今度の選挙結果は国民が、自分たちが操作されたことに気付く最後の機会かも知れない。この政治宣伝手法は憲法改正にも使われるだろう。近隣諸国に不快感を与えつつ靖国に参拝し、イラクに派兵を続ける小泉氏の改憲の方向性は、間違いなく平和ではなく戦争の方を向いていると思うのだが。
 独裁者はウスラ笑いを浮かべてやってくる。日本が危ない瀬戸際に来ていることをしっかり認識したいものだ。



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