11月18日付
魔弾

選挙の勝ち方教えます

勝利は「劇場」演出家党首戴く党に
小選挙区制の怪、殺されるは選挙民


 ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」から始めよう。恋人との結婚が許されるためには、領主の催す御前射撃大会で優勝しなければならない主人公は、必ず命中するという魔弾を森の悪魔からもらってくる。もちろん、悪魔がただでくれるわけは無い。そこには条件があるのだが、それは後述する。
 さて、先の総選挙、結果は「小泉自民党」の大勝利に終わったのだが、実は、あの選挙にも「魔弾」が使われた。あのように「魔弾」の存在が白日の下に曝 (さら) された以上、これから誰しもこれを使いたくなるであろうし、また使える。それゆえ、この選挙結果を過度に誇り過ぎたり、卑屈になり過ぎたりするのは意味が無い。
 前置きはこのくらいにして早速「魔弾」のタネ明かしに入ろう。この国の総選挙は、「小選挙区比例代表並立制」という実に不条理な選挙制度の下で行われている。「魔弾」はこの制度の中に隠されている。その不条理振りを今次選挙の小選挙区300議席で見てみよう。小泉自民党は、全体の得票率47.8%、二位の民主党は36.4%。しかるに、議席比率は、自民党に73.0%、民主党に17.3%だ。不正が行われてこうなったのではない。法律がこうなっているのだ。
 事情を分かり易くするために、文字通りA党とB党という二大政党だけがあって、その二つの政党の勢力が全く拮抗している場合を仮定してみよう。A党の得票率が50%+1票、B党が同じく50%−1票であったとしよう。もちろん、全選挙区で判を押したようにこうなることなどあり得ないが、論理的には問題ない。
 これによって、議席を配分すると、A党は小選挙で全勝して、300議席を獲得し、比例区議席180は、それをA・B両党で「互角」に按分 (あんぶん) することになるのでA党が90、B党が90となる。かくて、結果はA党が390議席を占め、B党はたったの90議席にしかならない。得票差2票差なのに、議席数差はなんと300議席に拡大される。
 こんなことは、この制度を導入するときにも言われたことであって、小泉純一郎氏を初め、当時これをもって反対した人たちは「守旧派」の名の下に一刀両断に切り捨てられたのである。
 すなわち、全選挙区でA党が勝利するなど、そんなことがあるわけが無いという簡単な理由で、反論は歯牙 (しが) にもかけられなかった。しかし、ここに「魔弾」を使えば、これが実現可能であると証明されたのが今次の選挙結果なのだ。次にその説明に入ろう。
 小選挙区制選挙で勝てる候補とは、「強い支持者を持つ個性的な人」ではなく、「強い反対者を持たない無個性な人」というのが小選挙区制度先進国では常識だ。過去にも、首長選挙など多くの一騎打ち型選挙で、「個性的な人」が選ばれにくかったのはこのためだ。
 途中から小選挙区制を導入した日本では、以前からの政治家が継続して権力を掌握していたので、制度が変わっても惰性で大きな変化は無かったのである。しかるに、人も変わり、世も移ろって個性豊か、またはアクの強い人物はすこぶる減ってきた。世間の住みにくさとはちがって、こと政界に関しては近年、太平ムードが漂い始めていたのだ。
 そこへもってきて、もはや少数派の「個性豊かな」議員たちの多くが、郵政民営化反対に集結していた。ここに、小泉さんは魔弾をもって総攻撃をかけた。その戦術は巧みで、選挙区内では戦闘は行わず、中央で戦端を開き、選挙区にはその地域にまるで馴染 (なじ) みの無い人物を「刺客」と称して送り込む。刺客の個性が知られていない分、減点のしようが無い。刺客に攻撃される側は昔から今まで個性派で通ってきた者達だ。味方も多いが敵も多い。
 この魔弾に当って造反派は瞬く間に壊滅してしまった。このスペクタクルを、手に汗握りながらテレビ観戦していた選挙民は、野党の存在などすっかり忘れてしまった。
 しかし、こんな安っぽいオペラは小泉さんならずとも誰でもやれる。ウェーバーの歌劇では、魔弾をもらった主人公マックスは、最後の一発によって恋人を撃ち殺してしまうことが条件だった。  次の選挙で、この魔弾を使うのは誰か?「劇場」中継の好きなテレビが飛びつきたくなるように、短い歌をカッコよく大声で歌うタレントを党首に戴 (いただ) く政党が勝利する。その時、殺されるのは選挙民だ。



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