12月2日付
「民営化改革」 

民営化は問題解決の“特効薬”か

耐震強度偽造で浮上した民活の限界
社会のあり方含め目的の再確認を


 千葉県の一級建築士が高層マンションなどの構造計算をごまかしたため、耐震安全性が標準の30%以下というような、信じられないビルが多数建設されているというニュースは、大きなショックだ。建築基準法の 「建築確認」 という制度の根幹は、建築の安全性確保を担う建築専門家がインチキをしないという所にあるはずだった。事件はこの信頼の構図を一気に崩したといってよい。
 そして、この問題で浮かび上がったのが、建築の安全性などが法定基準に合致しているかを検査する 「建築確認」 のいいかげんさだ。今回のインチキ設計を検査したのは、1999年法改正で導入された民間の指定確認検査機関だった。
 この改正は阪神淡路大震災を契機に、建築確認を厳しくしてビルなどの安全性を高めようということから行われた。以前は自治体専門職員である建築主事だけがこの確認検査作業をしており、当時全国で1700人ほどの人数で膨大 (ぼうだい) な数の検査をしていたため、十分なチェックができなかった。ここに民間の技術力を導入して、しっかり検査をするというのが法改正の趣旨だ。その後、この民間参入は着実に進展し、2004年には全国の建築の半数以上が民間検査機関で検査されている。
 不正をした建築士は、イーホームズという民間検査機関が全ての検査を行ったこと、そして、これがほとんどノーチェックだったことを認めている。彼のした構造計算はある程度の専門知識があればすぐに見破れるような杜撰 (ずさん) なものだったという。この建築士に依頼を集中していた建築会社は、どうやら手抜き工事で格安物件をという狙いだったようだ。
 その後、自治体の建築確認でもミスが報じられているが、一部民間検査機関が扱い件数を増やすために、チェックを甘くしている所が問題だ。イーホームズが扱った10階建て以上の98棟の検査で、適法なものは2棟だけだったと報じられている。
 民間検査機関の多くは誠実に任務を果たしていると信じたいが、今度のような事件が発覚すると、今のシステムで良いのか不安になることも事実だ。
 安かろう悪かろうは、日用品の類 (たぐい) ならともかく、生命を託すマンションやホテルでは絶対にあってはならない。民活・市場原理がこのような社会不安につながるとしたら、小泉純一郎首相が選挙で強調していた 「民間にできることは民間で」 という 「改革」 には 「待った」 をかけなければならない。
 JR西日本の大事故は民営化の行き着いた先が、効率優先・生命軽視という、とんでもない誤った目的地だったことを教えている。民営化すれば問題が解決するという幻想はこの際いったん捨てる必要があるのではないか。
 たしかに、小泉劇場で自民党が大勝した背景には、公的部門におけるモラルの低下、不祥事の連続、そして仲間内での甘い汁三昧 (ざんまい) といった、民間で苦労をしている庶民感覚から見ると、なんともやり切れない現実があった。だから、小泉首相の単純きわまるメッセージをかなりの人が受け入れたのだ。
 私自身が13年間、国家公務員をした経験から、公務部門の一部に頽廃 (たいはい) と非効率があることを良く知っている。民活や市場原理は、ある範囲ではこの 「死に至る病」 の良薬だ。
 しかし、現在進められている民営化改革は、結局のところ少数の勝ち組にとっておいしい状況を作るだけで、多くの庶民には痛みだけが残される構造になっている。そして、市場原理の影の部分には今回のような職業倫理を悪魔に売った悪徳漢がつきまとう。
 民営化改革を推し進めている新保守主義は 「自由競争」 と 「自己責任」 を重く見る。これは、戦後の自民党政府が巧妙にとってきた自由競争と平等・保護のバランスを大きく変えるものだ。保護の行き過ぎが日本の経済体質を弱くしたことは否めないが、暮らしの安心と貧富の格差が小さいことが、日本社会の治安の良さを生み出してきたことも忘れてはならない。
 県内でも公的サービスの民間開放が進んでおり、いわゆるハコ物などの管理・運営を民間に委ねる指定管理者の選定が進んでいる。その狙いは、より多様で満足度の高いサービスの提供、多様化する住民ニーズに民間事業者のノウハウで対応すること、そして自治体の負担軽減にあるが、実態としてはどうか。
 社会のあり方という視点も含めて、民営化の本来の目的を再確認することが必要ではないか。



掲載の記事・写真の無断掲載を禁じます。ホームページの著作権は山梨新報社に帰属します。