10月15日付
地方の誇り

地域資源に新たな光を

山梨固有の文化育てるために
森林県、源流県などを生かす


 今年の夏はことのほか暑かった。甲府地方気象台の発表によると7月の月間平均気温は27.9度で平年に比べ2.8度も高い。観測が始まったのが1895年というからこの110年間で最も暑い夏だったということになる。特に7月21日の甲府の最高気温は40.4度で、72年前に山形で観測した40.8度に次ぐ史上2位という記録的な暑さであった。誰しもこんな暑さから逃げ出したいと思ったに違いないが、しかしこの暑さも地域資源の一つであり、地域文化を形成する一つの要素である。
 今から65年ほど前、小樽の北手宮小学校に高山喜市郎という校長がいた。小樽がニシンの大漁に沸いていたころだが、そろそろその最盛期も終わりに近づいていたころである。当時、北国小樽の人々にとって雪は生活を脅かす厄介者であった。ところが高山校長は 「雪は天からの贈りものである」 と考え、この自然の恵みに随順していく心を“雪を奉ること”ととらえて、雪国と子供の暮らしの中に 「雪祭り」 という民族的な祭を作り上げていったのである。これが 「札幌雪祭り」 の始まりである。
 高山校長の説く思想・哲学が見事に厄介者の雪を地域の資源に、地域の文化に、誇りに変えたのである。  さて、同じような事例が今年勝沼町で動き出し、無用の長物であった廃トンネルが地域の誇りとしてよみがえろうとしている。
 山梨総合研究所は、2003年度の研究課題として広域関東圏産業活性化センター(通称GIAC・東京電力を中心に1都10県の地域産業活性化と均衡ある発展を目指し調査・研究・支援する機関)から 「産業観光・産業ツーリズムによる地域活性化方策に関する調査研究」 を受託した。その中で、勝沼町の近代化遺産である宮古園、龍憲セラー、祝橋、旧田中銀行、千本格子の仲松屋それに旧大日影トンネル (1.4km) と旧深沢トンネル (1.1km) などに着目した。
 中でも現在使われていないこの2つのトンネルは1903年の開通というから100年の歴史を刻んでいる。厄介者とまでは言わないが何の役にも立っていないこの旧トンネルをワインカーブに化粧直ししたらどうかと勝沼町に提案した。
 この提案を受けて勝沼町は 「近代化遺産によるまちづくり−勝沼タイムトンネル100年構想−」 を打ち出した。JRの協力もあって、今年11月にこの2本のトンネルは勝沼町に無償で譲渡される運びとなり、11月26日には望月照彦多摩大大学院教授やキャスターの草柳文恵さんなどを招いてシンポジウムが開かれる。「勝沼駅からトロッコ電車を走らせたらどうか、町内のワイナリーを循環するバスと結び付けられないだろうか」 など期待がたかまってきており、先生方からどんなアイデアが提案されるか楽しみである。
 辻村明東大名誉教授はその著書 「地方の誇り」 (中公新書) の中で次のように述べている 「私の地方文化論がもっぱら文化面に重点を置いていることから、経済の土台を抜きにした地方文化論など、所詮 (しょせん) は砂上の楼閣に過ぎないという批判も耳にする。…しかし、私は本当の 『地方の誇り』 は文化からしか生まれてこないと思っている」 と。
 確かに、GDP (国内総生産) ではヨーロッパの二流国であるフランスがあれだけ世界に向って情報発信力を持ち、政治的にも大きな発言力を維持しているのは文化力に他ならない。
 美術館や文学館、博物館だけが文化ではない。歴史的な遺産はもとより、森林県であること、富士川・多摩川・相模川の源流県であること、全国一の健康長寿県であること、そこには森を守り、水を治め、健康長寿を実現してきた誇るべき文化があるということではないか。
 最近、有志によって甲府城を舞台に満月を楽しもうという 「満月の会」 が開催され、夜のお城が賑わいできた。また、小江戸甲府のシンボルであった芝居小屋 「桜座」 の復活も具体化されそうである。
 日ごろ見過ごしてしまっている地域資源に新しい切り口から光を当て、山梨固有の文化を育て上げていきたいものである。





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