10月22日付
座右の銘

「未来」から「現在」を見つめる

アサヒビール時代の教え
成功するまでやり通す


 世に言われる格言や名言の類は至極当たり前のことをいっている場合が多いがそれを金科玉条と考えるか否かは人それぞれがもつ感性によるのであろう。
  「40%で当面の課題をこなし30%で部下を育て20%は未来のために使え! そして最後の10%は現在から離れて見よ」(合計すると100%になる)
 これは筆者がかつてアサヒビールに入社後10年ほどして管理職に昇進した折に先輩から頂戴 (ちょうだい) した教えである。爾後 (じご) 四十年間座右の銘としてきた。ここでいうパーセントは 「時間」とか「エネルギー」 とか 「持てる能力」 などを一週間とか一カ月とかいう単位でどのように割り振っていくかということだろうと考えた。
  「仕事が忙しくて忙しくて」 といって振り回される毎日、終業後は 「会社が悪い、上司がだめだ!」 と居酒屋で同僚と憂さを晴らす日々、「どうしてこんな会社に入社してしまったのだろう、毎日こんな仕事をしていてもあまり意味がない!」 と、トラバーユさえ考えていた頃だった。突然冷水を浴びせられたような思いがした。「そうか、日々の生活は自分で設計しなければいけないのか」 「仕事の計画は立てていたが自分の人生設計には抜かりがあった!」 と目が醒 (さ) めた。
  「この人生のオーナーは自分だ。監督も主役も自分だ。一度きりの人生だ。前向きに生きよう!」 と意欲がわいてきた。霧が晴れてみると、この会社にも良さがあることが徐々にわかってきた。ちょっと根回しさえすれば新しいことや現状を変えることに上司も先輩もあまり抵抗しない。やりたいことはかなり自由にやらせてもらえる。畑違いのことについての進言にもいやな顔を見せず耳を傾けてくれる。命令も指示も小言も気がついて見れば驚くほど少ない。この自由度に加えてビール屋固有の底抜けの明るさはなかなか得がたい価値だとあらためて感激した。
 ところで、部下を育てることも仕事を通じてのことだから、結局のところ40プラス30で70%は当面の課題をこなすことに振り向けなさいということだ。70%で部下をも育てながら人並みかそれ以上の成果をあげろということだから結構厳しい。よほどの工夫と頑張りが要ると覚悟を決めた。
  「20%は未来のために」 とのことだが我々は未来のために一体どれほどの努力をしているだろうか。およそ 「プロ」 といわれる人々はスポットライトを浴びていないときに相当な努力をしているものだ。プロ野球の選手は合宿所に帰ってからも人知れずバットの素振りをし役者は歌詞や台詞 (せりふ) を暗記する。筋力を高める運動さえも毎日欠かさないという。それも知らずにTVに映るプロの活躍を監督や評論家気取りであげつろっている自分が恥ずかしい。「銭の取れるプロ」 だと自称するならそれにふさわしい未来のための努力を重ねなければならない。
  「現在から離れて見るために10%も使うのか」 と当初は怪訝 (けげん) に思った。だが 「前向きに人生を生きようとする真剣さ」 が度を増していくにつれて 「現在から離れてこそ」自分を冷静に見つめ直すことが出来るということ、未来に思いを致し未来から現在を見つめることがいかに大切であるかということを理解するのに時間はかからなかった。
 いまや企業や組織という束縛から解き放たれてようやく百パーセント自由の身となった。60%は好きなことを何の束縛もなく学ぶことに振り向け、30%はお世話になってきた社会にご恩返しは出来ないかと考え、未来のために10%を当てるように心がけている。おかげで心だけは豊かである。
  「成功とは物事をやり通した証」 ということであろうか。「すぐやる。必ずやる。本気でやる。出来るまでやる。」
  「やり通す」 ということは並大抵のことではないが 「やる」 ということはこういうことなのだろうかと思う。これは北関東で成功している地域スーパーでの合言葉である。アサヒビールにおいてもスーパードライの成功の陰で 「そこまでやるのかアサヒは?」 と言わしめたほどビールの鮮度管理をやり抜いた。「製造後10日以上経過した商品は出荷しない。3カ月以上たったビールは市場から回収する」 という方針を打ち出した時には、ライバルや業界から 「何もそこまでやることはないではないか」 とひんしゅくを買った。だが、「ビールは新鮮さが命」 という命題を貫き通すためには当然取り組まなければならないことであった。困難の度合いが高ければ高いほどそれをクリアしたときの成果は大きい。失敗の多くは中途半端で投げ出すことによるのだろう。成功の秘訣は 「一度決めたら成功するまで徹底的にやり通す」 という至極当たり前のことに尽きるのかもしれない。
 最後に 「過ぎたことはくよくよするな。未来は神に任せる! つまらぬ言いがかりは無視する」 という 「居直り」 が、弱き自分に勇気を与えてくれることを先輩は教えてくれた。





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