2010年2月5日付
栄光の陰

背後の“痛み”忘れず

近代日本を支えた庶民
歴史小説に覚える違和感


 近代科学を確立した偉人の一人に、質量保存の法則を明らかにしたラボアジェがいる。それまで、燃焼は物質の中に含まれる燃素フロギストンが抜け出す現象だと考えるのが通説だったが、ラボアジェは精密な天秤(てんびん)で燃焼前と燃焼後の物質の重さを測定し、燐(りん)や硫黄を燃焼させて残る灰の重さが元の物質より重いことを確認した。これにより、燃焼が空気中の酸素との結合で起きるという科学的事実を彼は証明した。
 このラボアジェが1794年5月にフランス革命派が設けた断頭台で処刑されたことは意外に知られていない。その理由は、彼がフランス人民から容赦なく税金を徴収した徴税請負人だったことにある。
 彼は旧体制と直結したこの独占的仕事で巨万の富を蓄え、その潤沢な資金で趣味としての化学実験を行い、後世に名を残した。だから、革命派が勝利した後、彼は「人民の敵」として処刑されねばならなかった。
 一人の栄光の陰に多数の犠牲があるというのは、歴史のもつ残酷な一面だ。
 日本近代の目覚ましい発展を支えたのも、多くの名も無い庶民の辛苦に満ちた労働であった。
 諏訪湖沿岸の製糸工場は周辺地域から人買い同然に連れてこられ、あるいは、貧しい一家を支えるために自ら望んでやってきた若い女性たちの健康と生命をすり減らす過酷な労働で繁栄をした。
 蚕糸生産地であった山梨でも事情は同じで、こうした搾取状態を明治14(1881)年7月に『峡中新聞』は、「富民細民を虐使ス」と批判している。そして、明治19(1886)年6月には日本最初の女工による争議が甲府山田町雨宮製糸場で起きている(山梨県史通史編5より)。
 甲州財閥は電力会社や鉄道会社など、日本近代化の基盤整備に貢献したが、これも小作農からの過酷な収奪によって形成された資金を県外に投資したものだ。
 さて、昨年11月から始まったNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』は1968年から72年まで産経新聞に連載された司馬遼太郎の小説が原作だ。原作者は、この作品の主人公達が「前のみを見つめながら登っていく坂の上にかがやく白い雲」のように、明治時代という日本が未完成の国家だった時代を明るいものと描き出している。
 だが、この時期の日本軍隊の急速な増強の背景には、農村を疲弊させ、多くの貧農層を生み出した徹底した収奪があった。
 日露戦争期には徴兵が強化され、村の青壮年層の半分近くが最下層の兵員として動員された。
 日露開戦直後から庶民生活にはさまざまな影響が及ぶ。戦費調達のための国債購入を優先させられる銀行は一般商工業に対して貸し渋りをするようになり、米価は高騰した。馬匹(ばひつ)徴発のために馬車鉄道は運営不能となり、農家所有の荷車は大量に徴発され、農民の労働強化につながった。また、大幅な増税が行われると共に、教育費、衛生費などの支出がかなり削減された。東北地方の農村部の疲弊は特に著しかった。
 光が当たった戦役の背後には、陰となった圧倒的多数の庶民の痛苦がある。『坂の上の雲』は決してこうした面には目を向けない。私がこの長い小説を読んだ時、例えば旅順攻略戦の記述に、戦場である中国の庶民の姿が全くないことに違和感を覚えた。まるで、無人の荒野で日露が対戦しているようなのだ。
 また、原作者は日露戦争前のロシアが一方的に日本を追い詰め、日本は「窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)む」自衛戦をしたと見ている。しかし、この点については最近になって、ロシアの主戦派の政治家の用意した日露同盟案を知りつつ、日本側はこれを黙殺したことを示す資料が発見されている。この資料は原作者の歴史観に修正を迫るものだとされる。
 それでも、小説なら主体的に読むと言う意図が働く。だが、映像化されて受動的に千万を超える日本人がこれを観(み)るとき、そこにどんな影響があるだろうか。
 原作者自身がこの作品の映像化には「軍国主義鼓吹」に利用される危惧(きぐ)から消極的だったという。
 放送批判は慎重であるべきだと考えるので、これ以上の論評は避けるが、このドラマの背後に朝鮮半島や中国を含めて、庶民の絶大な痛みがあったことだけは忘れないようにしたいものだ。



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