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タイトル「山梨の地名と民話」 蛇の化身と「乙女池」
お姫坂
お姫坂
富士吉田市
お姫坂の碑
余白 余白 おひめ坂通り脇にある「御ひめ坂」石碑
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「山梨新報」2017年4月21日掲載

 富士吉田市の市道新町通り線(通称・おひめ坂通り)にある、富士急行線小舟山踏切付近の約250㍍の坂を地元では「お姫坂」と呼んでいる。道路脇には「御ひめ坂」と刻まれた石碑や「御姫神社」という小さな神社もある。
 坂の名の由来は諸説ある。県連合婦人会編集の民話集「ふるさとやまなしの民話」や「富士吉田市史」によると、この坂の辺りには小さな池があり、ほとりには1軒の家があった。そこには美しい娘が住んでいて、娘の元に身なりの立派な侍姿の男が通うようになった。
 (坂近くの)正福寺の住職は、その侍は蛇だから気を付けるよう忠告した。娘は信じなかったが、ある時、住職の指示通りに男の着物に付けた糸を手繰り、跡をつけると、道志(村)の馬場池にたどり着いた。男は侍に姿を変えた池の主だったが、娘は諦めきれず、最後には池の主に飲み込まれてしまった。その後、娘が住んでいた近くの小さな池は「乙女池」と呼ばれるようになり、今は埋め立てられ坂になったが、この伝説にちなみ、「お姫坂」と呼ばれるようになったという。
 また、「郡内の民話」(内藤恭義編著)では、舞台が旅籠になり、住み込みで働く主人公の娘も蛇の化身。侍姿の蛇と恋に落ち、世話になった旅籠の店主にこれまでの恩返しに、と水が絶えないように湧出させたという話も載っている。
 実際、坂下には明治18(1885)年開業の湯屋「乙女湯」があった。民話は客を中心に広まったのではないかと言われている。現在は家電販売店になっている。同店は「民話を聞いたことがあり、湧き水があったらしい」という。
 同市史には「お姫坂にはお姫さまがいた」「源頼朝に見初められた神主の娘がいた」などの異伝も紹介されている。
 市道脇の石碑については「下吉田の民俗~富士吉田市下吉田」(同市史編さん室編集)に、昭和5(1930)年の道路工事の際、「死者が出たので、碑をつくって『お姫坂』と命名した」とある。
 市教委の担当者は「昭和60(85)年頃に聞き取り調査をした際に大正生まれの方々に協力してもらった。地域で伝えていかなければ、忘れられてしまう民話・伝承の一つ」としている。

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お姫坂地図
(Googleマップ)



1-蟹沢池

2-亀沢

4-蟹追橋

5-笛吹川

6-石動

7-団子新居

8-姥塚

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